──ここ、どこだろう。

 ぐっすり寝ていたところを無理やり起こされたように、七瀬は眩しげな表情で周囲を見渡していた。辺りを見渡せば、林の中に忽然と存在する原っぱの片隅にいて、すぐ目の前には深くまで続く洞窟が口を開けている。背後には、朽ちた祠がわずかに名残を留めている。

 七瀬は眠たげに目をこすった。

 ──けど何でここにいるんだろう。

 自分が自分ではないようだった。何故今自分がここにいるのか。もう少しのところで掴めそうな気がするのに、全く分からない。今ここにいるのは間違いなく自分であるはずなのに、自分が自分であるという感覚が希薄だった。他人の夢でものぞきこんでいるかのようだった。

 じゃり。

 じゃり。

 草の一つも生えていない地面を、おぼつかない足取りで進んで行く。

 七瀬は項垂れるように下を向くと、そんな自分の足を何か不思議な物でも見つけたかのようにしげしげと眺めた。数秒後、七瀬はふと視線を上げた。前方に気配を感じたのだ。

 けれども視界には何も見えない。七瀬はぽかんと口を開けたまま何もない虚空をただただ見つめていた。
 
 ──何だろう……あれ。

 一言で言えば、断末魔の叫びだった。感知することすら耐えがたい何かが自分に向かって猛然と近づいてくる。そんなぎりぎりですらない状況の中、ようやく七瀬の目に意思の光が戻ったのは皮肉としか言いようがなかった。深い洞窟の暗闇に、何の装備も準備もなく棒立ちでいる七瀬は、まさに生贄そのものだった。

 が、今頃になって気付いたところで、自分の置かれた状況をどうにかできるだけの猶予など残されてはいなかった。

 七瀬の身体に対して降りかかってきたものは余りも巨大だった。声を上げようにも乾ききった喉が引っ掛かるばかりで、浅く息をすることすら危うい。自分はどうしたらいいのか、迫ってくるものが一体何なのか。全てが理解不能だった。辛うじて分かるのは、絶望的状況であるということだけ。

 身じろぎ一つすらできないまま、瞳孔の開き切った瞳をわずかに震わせていた。