『そういえば水樹くんって、彼女とかいないの?』
「いたらデートとかに心ちゃん誘わないって」
『好きな人とかは?』
「いない……、と思う」
『何でそんな曖昧なの』
「……いない。うん…いないよ、きっと」
過去の僕は誰かに恋をしていたのだろうか。
太田達は恋愛絡みの話を、筧さんと宍戸先輩の惚気(のろけ)でしか取り上げない。
わざと触れないようにしているのか、本当に恋愛絡みの話がなかったからかもしれないけど。
きっと、僕に好きな人はいなかった。
「この際だから言っておくけど、僕1番仲の良い異性は、心ちゃんだよ」
『え?』
「大学では男としか関わらないし、僕口下手だから上手く話せなくって」
上手く話せない、とかじゃなくて、きっと上手く心を開けていないんだと思う。
どこかでまた、忘れてしまうんじゃないかって怯えている。
…臆病だなぁ、僕って。
「嘘。水樹くんわたしの前で話せているよ」
「心ちゃんは何でかわからないけど、すっごく話しやすい。
もしかしたら僕ら、どこかで会っていたかもね」
『わたしの周りに春田水樹なんて人いないけど…』
「じゃ前世だ!僕らは前世で出会っていたんだ」
『たまに凄くロマンチックなこと言うよね』
「そう?」
自覚はないけど、確かなことはひとつだけある。
心ちゃんの言うロマンチックな言葉は、絶対心ちゃん以外には言わない。
君だけが知っている、僕の一面。
「心ちゃんに会いたいよ、僕は」
会って、話したい。
この関係が途切れる前に、君が誰かの大事な人になる前に。
僕は君に、会いたい。
『…わたしも、水樹くんに会ってみたい』
「どうにかして会える方法考えなくちゃね」
『そうだ。
水樹くんって3年前ってわたしと同い年なんだよね』
「そうだけど?」
『話せなくて良いから、水樹くんに会いに行きたい。
どこの高校に通っていたの』
「……っ」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
どこの高校?
家から近所の公立の共学高校だよ。
そう言えれば良かったのに。
何も言えなかったのはきっと…記憶が何もないから。
バスケ部に入っていたことも、太田と友達になったことも、全部忘れてしまっているから。
高校に通っていたのは奥村水樹と言う他人であり、春田水樹と言う僕ではない。
他人のことを、何も話せない。



