『本屋ってありますか?』

「2階にはいっているよ。本好きなの?」

『好きです!』


即答で返ってきた明るい声。

本当に本が好きなんだな。




「僕も好きだよ、本。最近どんなの読んだ?」

『柏(かしわ)ユメのカノンです』



柏ユメ。

その小説家の名前に、ドクンと心臓が嫌な音を立てた。

だけど気付かれないよう、明るく振る舞った。



「おっ!僕もカノン読んだよ!最後感動したよね!」

『はいしました!
わたしもあんな恋愛してみたいなぁって』

「良いよねぇ。僕にも良い人現れないかなぁ」



カノンは音楽を通じ出会ったふたりのラブストーリー。

最後少年が主人公の少女にエールを送るシーンは、思わず泣いてしまった。



『春田さん彼女は』

「いないよ」



多分、いない。

いるなんて話聞いたことないし、いたら会いに来ているはず。



「心ちゃんは?」

『……片思いの相手なら、います』

「良いね片想い!叶うと良いね、その恋」

『はい!』



色々他愛もない話をしているうちに、アルバイトの時間を迎え、電話を終える。

出会ったことがないけど、心ちゃんとの会話は楽しい。

支度をし家を出ようとすると、父が帰ってきた。



「おかえりなさい」

「ただいま。バイトか?」

「うん」

「そっか。気を付けるんだぞ」

「うん。…ねぇ、僕に彼女っていた?」

「聞いたことないな。
ただ、お前が意識を失っている間、高校時代の部活のマネージャーを名乗る女性がひとり来たが」

「マネージャー…筧さんだ。
筧さんはちゃんと彼氏がいるからね」

「そうか。
他に女性の影はなかったぞ」

「わかった。じゃ、行ってきます」



家を出てアルバイト先へ向かいながら、考える。

もしかして、僕の失った記憶の中に、いるのかな。

誰も知らない、僕の彼女が。