微かに2つの人影が見える。

私は本能的にすぐわかった。

1つの人影が近づき、私を抱き締める。

広がる柑橘系の香りに不安や恐れも全て落ち着く。

「尊…っ!」

「怖い思いさせてすまなかった。もう大丈夫だ」

安心させるかのように私の背中をゆっくりと叩く尊。

その仕草はまるで子供をあやすかのように。

いつもは子供扱いしないで、なんていうはずが今はそれが救いだ。

「ここもすぐにバレる。車に楽が乗ってるから一緒に本家へ向かえ」

「尊は?一緒に行かないの?」

「組のもんが俺とお前の為に闘ってる。それを見捨てるようじゃ若頭は務まらねぇ。表に行って片付ける」

そういった尊の瞳は紛れもな久月組の若頭の瞳だった。

闇をも飲み込むような漆黒の瞳に思わず私も息を呑む。

「でも…!もし尊に何かあったら…!」

「ふっ、心配すんじゃねぇよ。俺は死なねぇ、約束する」

微笑んで私の頭を優しく撫でる。

私が行かないで、といっても尊は行くと決めてるのだろう。

私に出来るのは、共に闘うことでもなく、止めることでもない。

「…死なないで。約束だから」

受け入れて、尊と皆の無事を祈ることだ。

「さすが俺が惚れた女だ。表の奴ら片付けて、俺が帰ったら…一緒にガキの名前でも考えよう」

何度も何度も頭を縦に振り、尊を抱き締める。

今は私が強くあるべき時だ。

私に何かあれば子供の命も危うい。

足でまといなのは目に見えてる。

だから、一刻も早くここから離れるべきなんだ。

「よし、じゃあ行くぞ」

私の肩を抱き、一緒に駐車場を出る。

駐車場の出口の方に止まっている車に乗り込む直前のことだった。

…突然の、出来事だった。