ニキさんの車は、一方通行の狭い路地をゆっくり進み、
鴻美さんとの待ち合わせ場所である、
JR新日本橋駅裏の郵便局の駐車場脇に到着した。
隣接している100円パーキングにはすぐに駐車せず、
その手前で車を停めエンジンを切ると様子を伺っている。
薄暗い街頭の灯るパーキングで、オレンジ色のガードパイプに、
凭れるよう座っている鴻美さんを見つけた。


(JR新日本橋駅裏路地)


向琉「もう着いているな」
悠大「よし!まずは俺とアダムとであの女に会ってくる。
  伊吹ちゃんはナイトとここに居てくれ。
  ナイト、お前は最後の切り札だからな」
向琉「そうだな。始めにナイトに出られるとやり辛くなる」
騎士「分かってる」
伊吹「最後の切り札って……
  (何故、ナイトさんに出られるとどうしてやり辛いの?)
  ニキさん、約束通り私が行かないと、
  鴻美さんは話しすることなく帰っちゃうってことはない?」
向琉「いや、まずそれはない。
  あいつは立場的に姫ちゃんが居ないと困るはずなんだ。
  だからこれで引き下がることはない。
  どうしても伊吹さんの助けが必要なときは呼ぶから、
  それまではここでナイトと一緒に居てくれ」
伊吹「で、でも」
向琉「頼む。心配なんだ。ここに居て」
伊吹「う、うん……分かった」
向琉「ありがとう。
  ユウ、さっき話した通りで頼む」
悠大「おお。さて!行くか!」
向琉「行こう!」


ニキさんはA4の茶封筒を渡すとユウさんとともに車のドアを開けた。
そして外に出るとゆっくり鴻美さんの居る場所に近寄っていく。
そのふたつの背中は貫禄があって頼もしい。
でも車中から後姿をみていると、
陰で潜んでいる恐怖がどんどん膨れ上がり、
心拍数は一気に上昇しているのがわかった。
後部座席に座っていたナイトさんは、
ふたりが出た後ドアを開けて外に出ると、
運転席に移動し座席に座って、ふたりの様子を鋭い眼光で見ている。


伊吹「ニキさんとユウさん、大丈夫かな」
騎士「伊吹ちゃん、心配しなくていいよ。
  あの二人ならうまくやるはずだから」
伊吹「ナイトさん。
  さっきニキさんが言ってたことなんだけど、
  何故始めにナイトさんが居るとやり辛いって言ったの?」
騎士「えっ。あぁ……
  それはね、僕の職業が警察関係だから」
伊吹「えっ!ナイトさん、警察の人!?」
騎士「うん、まぁね。
  話し合いがこじれて厄介なことになると、
  あいつらなりにいろんな意味で僕に迷惑かけると思ってるんだろ」
伊吹「でも初めて会った時、警備会社勤務って……」
騎士「ああ(笑)嘘ついててごめん。
  あの場ではそういうしかなくて」
伊吹「そうなんだ。
  もちろん沙都ちゃんは知ってるのよね?」
騎士「うん。
  話したのは付きあうと決まって少ししてからだけどね」
伊吹「そう。それでさっき(笑)
  『ナイトは騎士(ないと)なんだからみんなを守って無事に帰して』
  なんて言ってたんだ」
騎士「そういうこと(笑)」


その時、私の携帯が鳴り、
着信をみると沙都ちゃんからだ。
私はドキッとして、姫に何かあったのかと思い慌てて携帯をとった。


伊吹 「沙都ちゃんからだわ」
騎士 「ん。何かあったか」
伊吹 「そうかも。もしもし沙都ちゃん、どうした!?」
沙都莉『今いい?』
伊吹 「うん。いいわよ」
沙都莉『あのね、姫ちゃんからあることを聞いたから、
   話しておいたほうがいいと思って。
   きっと話し合いに役立つ事だと思うし』
伊吹 「そう。話って何?」
沙都莉『鴻美って女の人のことなんだけどね』
伊吹 「うん……」

私が沙都ちゃんから鴻美さんの情報を聞いている最中、
ニキさんとユウさんは鴻美さんと交渉を進めていた。



(駅裏100円パーキング)

鴻美「ちょっと!姫と伊吹はどこ!?
  約束が違うわよ!」
悠大「そんなばかばかしい約束、OKした覚えはないな」
鴻美「なんですって!?私を騙したわね!」
悠大「もともと寝首を掻いたのはどっちだ!!
  お前が姫ちゃんにしたことは完全な犯罪だからな」
鴻美「わ、分かったわよ。
  仁木、用件を話しなさいよ!」
向琉「まず!
  姫ちゃんや伊吹さんに付きまとうのは今後やめてもらいたい。
  冬季先輩にもだ。
  僕たちの近辺はもちろん誰に対してもだ」
鴻美「えっ。そんなことわざわざ言いにきたわけ?
  姫に関してはできるわけないでしょ!
  あの子には仕事の責任があるのよ!」
悠大「責任?非常識なお前が当たり前のように言うな!」
向琉「もし、これ以上関わり続けるって言うなら、
  姫ちゃんと伊吹さんにしたことはもちろん、
  僕の兄貴たちや冬季先輩にしたことすべてを暴露する。
  そして舞香にしたことも、お前の父親さんに話すまでだ」
鴻美「えっ!?
  あは、あはははははっ(笑)
  あんた、バカじゃないの?
  私の父に簡単に会って話せると思ってるの。
  父が誰だか、何をしてるのか知ってて言ってる?」
向琉「ああ。よく知ってるし、会えるとも思ってるね。
  じゃあ、反対に聞くが、
  お前の父親さんと僕の叔父が旧友だったって知ってるか」
鴻美「えっ」
向琉「しかも、親父さんは僕の叔父を敵には回せない、
  絶対に逆らえない立場ってこともね」
鴻美「……」
悠大「アダムの叔父さんって、確か裁判官だったよな」
鴻美「裁判官……」
向琉「ああ。叔父にはこの間この件を話した。
  兄貴のことや冬季先輩のこともな。
  そしたらもしもの時は、
  お前の父親さんとじっくり話すと言ってくれたよ」
悠大「おおー!それはなんと頼もしく強い助っ人だ」
鴻美「そ、そんな脅しみたいなこと言っても、
  し、証拠なんてないでしょ!?
  ハッタリ言わないでよ!」
向琉「ハッタリ?
  申し訳ないが証拠固めをしてここに来てるに決まってるだろ。
  お前が舞香と姫ちゃんに勧めた会社は、
  過去に警察からもマークされてる会社だよな。
  売春を周旋する、騙し拘束し売春させる。
  売春の対償を受け取り要求する。
  お前のやってることはすべて売春防止法違反になる行為だ。
  それこそ、こんなことが公になったら、
  父親さんにとっても完全に致命傷になるよな」
悠大「ふん。勝負あったな」


完全な形勢逆転。
鴻美さんは突然、舌を切られたかのように黙り込む。
彼女は一時の間、何かを考えるように下を向いていたけれど、
観念したのか、落胆ともとれる大きな溜息を漏らし顔を上げる。
そしてニキさんをじっと見つめるとつぶやくように話し出した。

鴻美「それ、本当に言うつもりなの。父に……」
向琉「お前が関わらないって制約するなら言わないさ」
鴻美「ふーっ……負けた。
  いいわ。制約する」
悠大「でもさ、口では何とでも言えるんだよな。
  それにこっちは何人も大きな損害を被ってるんだ。
  なぁ、アダム。
  それを御咎めなしで許されるなんて、
  割が合わないと思わないか?」
向琉「そうだな。確かに」
鴻美「じゃあ、私はどうすればいいのよ」
悠大「これにサインしろ」
鴻美「なによ。そ、それ」
向琉「念書だ。
  これは裁判でも立派に通用する書類だ。
  これにサインしてもらったら、僕らの用事はもうない」
鴻美「念書……印鑑なんて持ってない」
悠大「そうだろうな。
  そう思って印肉も用意してる。
  書き終わったらここに拇印も押してもらうからな」
鴻美「わ、分かったわ。書くわよ」
向琉「(あまりにもうまくいき過ぎてる……何か変だ)」


ユウさんは封筒からペンと用紙を出して彼女に手渡した。
鴻美さんは書類とペンを受け取ると書類に書いてある文面を読み、
またひとつ大きな溜息をついて、
パーキング向かいにあるビルのエントランスに向かって歩く。
その後をついて歩くニキさんとユウさん。
彼女はビル玄関前の歩道にある大理石のブロックの前でしゃがみ込み、
ゆっくりと書類に名前を書き終えると、右手の親指に印肉を押し当てる。
そして赤インクのついた指を書類に強くあてて、氏名の横に拇印を押した。
さっきまで黒豹のように吠えながら威嚇していた鴻美さんは、
念書を書いた今では借りてきた猫状態。


書き終わった書類を受け取ったユウさんは一気に安堵の表情に変わる。
しかしニキさんの顔はどことなく晴れていないように感じた。
電話を終えた私はたまらず、
携帯を持ったまま車のドアを開けて外に出る。
ナイトさんも慌てて運転席から降り、
ぐっと引き留めるように私の腕を掴んだ。

騎士「伊吹ちゃん!?」
伊吹「ニキさん!」
向琉「伊吹さん!?出るなって言ったろ!」
騎士「アダム、すまん!」
悠大「アダム、もう話は済んだんだからいいじゃないか。
  ナイト!もう終わったからいいぞ!」


ナイトさんの掴んでいた手が私の腕から放れて、
私はゆっくりと鴻美さんに近寄っていった。
その後ろをナイトさんもつき、ニキさんたちの許へ歩いていく。
どんどん距離が縮まるにつれて、
彼女は何かを言いたそうな目をしてじっと私を見ている。
その瞳にはまだ威圧感があった。

向琉「どうした?」
悠大「伊吹ちゃん、安心して。もう終わったよ」
伊吹「ううん、ユウさん。まだ終わってない」
悠大「終わってないって何」
伊吹「今度は私が鴻美さんに話があるの」
向琉「伊吹さん!?」
鴻美「私に話って何よ。愛羽伊吹」


睨み合う私と鴻美さん。
私に詰め寄ろうとする鴻美さんの前を、
ボディーガード張りの俊敏な動きでたちはだかったニキさん。
それを見守るユウさんとナイトさん。
完全に形勢逆転した今、
今度は私と鴻美さんの直接対決が始まる。


(続く)