ナイトさんから促されて、私はニキさんの隣に、
沙都ちゃんも何だか不安そうにナイトさんの許に座る。
そして姫はナイトさんの言われる通り、ユウさんの隣にゆっくり座った。
ユウさんと向かい合わせに座った私。
今の私は姫と和解ができたこと、
そしてニキさんへの気持ちを伝えられたことで、
自分でも驚くほどとても素直なレスポンスができていた。


伊吹 「ユウさん」
悠大 「やぁ、伊吹ちゃん」
伊吹 「ユウさん。本当にごめんなさい」
悠大 「伊吹ちゃん。もういいよ(笑)気にしなくていい」
伊吹 「でも……私。
   ユウさんにとっても酷いことをしてしまって」
悠大 「それ以上言わなくていいよ。
   もう気にしてない」
伊吹 「本当に?」
悠大 「ああ。本当に」
伊吹 「ユウさん……(なんて優しい人)」
沙都莉「ねぇ、ナイト。ニキさんどうしたの?」
騎士 「うん。ちょっとな」


いつもと違う三人の表情に、リビングは緊迫した空気が流れて、
私たちはニキさんが何をいうのだろうと思いながら見ていた。
黙ったまま真剣な表情で姫をじっと見つめてる。
しかしその後、きり出された彼のある一言で、
私たちに衝撃が走り大きく揺さぶられたのだ。
ニキさんは姫をじっと見つめながらテーブルの上にあるものを差し出した。
その言葉を聞いた途端、彼女の表情が強張り即座にユウさんを見る。


向琉 「姫ちゃん。これ、どういうこと?」
姫奈 「あっ。ユウさん!?」 
伊吹 「ん?何これ……名刺、よね」
向琉 「何で以前の仕事を辞めて、こんな仕事してるの」
姫奈 「そ、それは……」
伊吹 「姫?中学からの夢だったのに、
   栄養士の仕事辞めちゃったの!?」
沙都莉「ナイト、この名刺って?」
騎士 「コンパニオンの名刺」
沙都莉「コンパニオンって、宴会とかパーティーなんかの?
   コンパニオンだったら副業でやってる人、私の会社にもいるわよ。
   なのにニキさんもユウさんもナイトまで、
   何でそんなに怖い顔してるの?」
悠大 「正規の会社なら問題ないんだけどな」
騎士 「これ、表向きはコンパニオンだけど、
   姫ちゃんのしてる仕事は男性だけが知ってる裏世界の仕事」
伊吹 「えっ。男性だけ?」
悠大 「ホテルとか個室に相手を呼んで、ベッドの上でサービスする。
   姫ちゃんが持ってる名刺は、それ専門の仕事をやってる会社」
伊吹 「えっ!?姫!貴女もしかして」
姫奈 「私……今まではスペシャルワークじゃなかったの。
   でも、今日がその初出勤の日で。
   その、お偉いさんの依頼で日本橋に行く予定だったんだ」
沙都莉「姫ちゃん、どうして!?」
向琉 「姫ちゃん。僕に全部話してくれる?
   誰がここに君を誘ったのか、どうしてこんなことになったのか」
姫奈 「ニキさん。あの、私、伊吹に嫉妬してたの。
   みんなで撮った写真の中に、
   伊吹をじっと見つめてるニキさんの画像を見つけて。
   私って最低でしょ?
   こんなんじゃニキさんに好かれるわけない」
伊吹 「姫……
   (そんなにもニキさんのこと好きだったのね)」
姫奈 「それでも私、ニキさんに近づきたくて、
   ニキさんに振り向いてほしくて、
   ニキさんのお兄さんや先輩の知り合いだからって聞いて、
   それで彼女と友達になろうとしたの。
   ご、ごめんなさい」
向琉 「そう……僕こそ、君にそんな辛い思いまでさせてしまって、
   本当にごめんな。本当に申し訳なかった」
姫奈 「ううん、ううん……」
向琉 「姫ちゃん、その女のこと詳しく聞かせて」
姫奈 「この仕事を斡旋してくれたのは、山本鴻美さんという女性で、
   ダブルデートした日の夜、伊吹のアパートのエントランスであったの」
伊吹 「えっ!?」
沙都莉「それって、私が家に送った後ってこと?」
姫奈 「うん。どうしても伊吹の口からニキさんとのこと聞きたかったから、
   伊吹が帰ってくるの待ってたの」
伊吹 「どうして?その時電話してくれたら私は」
姫奈 「だって!きっと、ニキさんと一緒だって思ったから」
向琉 「その時、女がいたんだ」
姫奈 「ええ。私が伊吹を待ってると彼女がやってきて、
   動物園で伊吹と約束したから来たって言って……」


姫は涙ぐみながら事の一部始終を包み隠さずニキさんに話す。
鴻美さんは私とニキさんのことを姫から聞き、
自分のマンションに連れて行って、仕事を辞めさせ引っ越しさせた。
そして自分の監視下に置くために、
知人の経営しているこの名刺の会社を進めたのだ。
ニキさんは目を瞑って両手で目頭を押さえながら顔を覆い、
深い溜息をつくと姫に真実を語りだす。
彼女は今ある自分の現実が全て嘘だったと知ると、
失望感で全身の力が抜けたのか、
顔をぐちゃぐちゃにしてその場で泣き崩れた。
傍にいたユウさんが姫の肩に手をあてて、
泣きじゃくる子供をあやすかの様にトントンと無言で優しく慰める。
私と沙都ちゃんも姫の傍にいき、彼女に声をかけた。



騎士「アダムが言っていたあの女の怖さって、これか」
向琉「まぁ、そんなところだ」
騎士「しかし、ユウ。
  この会社がおかしいってよく知ってたな。
  まさかお前が利用してたわけじゃないよな」
悠大「バ、バカ言うなよ。
  先輩から聞いてたんだ。
  一度利用すると結構強引なやり方でやってくるって。
  だから姫ちゃんから名刺をもらって、これはやばいって思ってな。
  とにかく銀座で見かけた時は異様な光景だったけど、
  姫ちゃんがあの女のことを俺に話してくれなかったら、
  もしかしたらここまで分からなかったかもしれない」
向琉「ユウ、すまなかった。
  姫ちゃんのことありがとう。
  それに、僕のことでお前に嫌な思いをさせた」
悠大「そのことはもういい。
  終わったことで過ぎたことだ。
  俺がお前に会いに来たのは、
  与えられた自分の運命を確かめにきたんだ。
  姫ちゃんのことも“運命”の巡り合わせってやつかもな」
騎士「そうだな。
  お前が銀座に居たっていうものすごい偶然だから。
  これからどうするんだ?
  姫ちゃんを保護してやらないと」
向琉「そうだな。もうあの女のところには帰さない」
伊吹「姫は当分の間、私のうちで生活させるわ。
  前の会社の上司に事情を話して、
  職場に戻れるようにすればいいし」
向琉「駄目だ。伊吹さんちはあいつに知られてる」
伊吹「じゃあ、どうすればいいの?
  このままじゃ姫が」


そのとき姫のバッグの中の携帯が鳴り、震える手で携帯を取り出した。
しかし着信を見た姫はぶるぶると全身を震わせて、
しゃくりあげて涙を流す。
私は何かに怯える姫の手から携帯を取って着信を見た。
すると画面に表示されている名前を見て一瞬で固まった。
電話の相手は問題の人物、鴻美さんだったからだ。


伊吹「ニキさん!鴻美さんからよ!」
向琉「僕に携帯かして」
伊吹「う、うん(焦)」