「はいっ。
ありがとうございましたっ」
少し速くなった気がする動作で頭を下げ、茅野は笑顔を残し、社長室を出て行った。
なんなんだろうな、一体……。
閉まったドアを見ながら、穂積は溜息をつく。
あいつ、結婚詐欺をしに来たんじゃなかったのか。
まったく色っぽい展開にはならず、茅野はただ一生懸命働いている。
だが、ありがとうございましたっ、と笑った茅野のすっきりとした笑顔を思い出し、まあ、いいか、と思った。
なんだかめちゃくちゃ楽しそうだから。
そして、いいから帰れ、と言った自分の言葉を思い出す。
帰るって、茂野のところにだよな。
楽しそうに帰って行ったが、あいつ、本当に茂野と別れる気はあるのか。
そのとき、ノックの音がした。
玲が顔を出す。
「今日もう仕事ないよね。
僕、茅野ちゃんと帰るよ」
女装したままなのに、珍しく玲は、僕、と言った。



