生まれてこの方、理解できない物事というのは存在しなかったのだが、今回はよくわからない。

 そう穂積は思っていた。

 なんだって?

 この女、茂野の嫁?

 あの、多少嫌味ったらしいが、色男の茂野の嫁?

 この女、確か、俺に結婚してくださいと言ったぞ。

 いや、……いや、おかしくはないのか。

 『これは結婚詐欺だ』とはっきり言っていたからな。

 履歴書を手にしたまま、目を閉じ熟考する自分に、
「あのー、社長?」
と遠慮がちに茅野が呼びかけてきた。

「ちょっと整理したいんだが」

「はい」

「お前、茂野社長の嫁なのか」

「はい」

「……茂野は随分羽振りが良さそうだが、何故、お前が結婚詐欺を?」

 結婚詐欺? と茅野の後ろで黙って聞いていた玲が興味津々という顔をする。

 出てけよ、と目で訴えたが、出て行かないよっ、と笑顔で示される。

 こいつと揉めても手間取るだけだ。

 とりあえず、玲は無視することにした。