私、今から詐欺師になります

 だが、その言葉に、つい考えてしまった。

 あのとき、図書館に来たのが穂積さんで、結婚した相手が穂積さんだったら。

「……茅野?」

「なんでもないです」

 ぱくり、と食べると、寒さが身に沁みた。

 思わず、顔をしかめると、
「虫歯か?
 歯医者に行け」
と言われる。

「違いますよ、もう~っ」
と言いながら、思う。

 もし、あのとき図書館に来たのが穂積さんで、結婚した相手が穂積さんだったら。

 私は離婚したいとか、結婚詐欺をしようとか思わなくて。

 ただの平凡な主婦で、何処にでもあるような結婚生活を送っていて。

 ただ、幸せだったろうと――。

 そう思いながら、あのときには、目に映っていても、見えてはいなかった美しい夜景を眺める。

 でも、今のこの状態も自分で考えて選択してきた結果だ。

 誰のせいでもない。

 茅野は穂積を見上げ、笑ってみせた。

「寒いけど、美味しいですっ」

「そうだな。
 今度は店内で食べるか」

 はい、と答えながら、その今度は、きっともうないような気がしていた。