エレベーターで一緒になった男の顔を眺めながら、結局、自分にはなにも出来ないんだなあ、と茅野は落ち込んでいた。
だから、ちょっと思ったのだ。
駄目でも、なにか言ってみようと。
生まれて初めて、素敵だなあ、と思う人に出会ったのだ。
このまま帰ったら、また、秀行さんに笑われて終わりだし、勇気を出して、なにか言ってみようと。
だが、なんて声をかけたら自然なのか。
結婚詐欺どころか、男の人にアプローチなどしたことのないので困ってしまう。
困りながら、小首を傾げつつ、男の顔を凝視していた。
男が困った顔をする。
ああっ。
このままでは、私は、変な人っ。
なにか言わなければ、と焦る。
だがそのとき、男の方が口を開いた。
「あんた、俺になにか用なのか?」
うわああああっ。
ごめんなさいーっ。
私、変質者ではありませんっ、と思いながら、慌てて言葉を押し出したつもりだったが。
普通を装おうとしたせいで、妙に冷静に言ってしまう。



