さよなら、世界





 間違いない、と思った。

 これはこの学校にいる誰かの記憶だ。なぜだかわからないけれど、私の見たものや感じたことに共鳴して、白昼夢を見せる。

 いったい、誰の?

 そう思った瞬間、視界に川崎七都の姿がうつった。教室の奥で横顔を見せていた彼が、こちらを向く。それと同時に、ドアの陰から人が飛び出してきた。

 穴顔の女子生徒は、私と倉田遊馬を見ると驚いたように足を止めた。それからすぐに走り出す。一瞬だったけれど、彼女の胸ポケットに花の形のピンが取り付けられているのが見えた。

 彼女ははたしてどんな表情を浮かべていたのだろう。私には見えないだけで、穴顔の彼女にもちゃんと感情がある。七都への想いに破れた彼女の心は、どんなふうに悲鳴をあげていたのか。

 遠ざかっていく背中を見送っていると、遊馬が「あーあ、ふられちゃった」と面白くもなさそうに言う。あの子の表情はどんなふうだった? とも訊けず、私は教室に向き直る。

 七都の表情を確認しようとしたとき、背後から野太い声が響いた。

「あ、こら倉田、お前まだそんな頭で!」

 Tシャツにジャージ姿のいかつい体型をした人が、裏庭の奥からどしどしと歩いてくる。声と雰囲気から察するに、生徒たちに恐れられている生活指導の鬼教師かもしれない。

「やべ」

 外にいた遊馬が窓枠を軽く乗り越え、廊下に飛び降りた。くわえていた紙パックのジュースを手に持ち、「じゃあね、ミズホちゃん」と歯を見せる。それから、思い出したように言った。

「そうだ、日曜、空けといてね」

「え……?」

「こら倉田! 廊下を走るな!」

 すぐそばで放たれた怒声に、首を縮める。遊馬の背中はあっというまに廊下の角を曲がってしまった。

 ふと見ると、教室の川崎七都がこちらを向いている。すぐに逸らすかと思ったその瞳は、私を見てもしばらくそのままだった。