「これからちょっと話せない? 時間は取らせないから」
「ごめんなさい、私、帰らないと」
先輩の視線から逃れるように目を伏せた。
常に前向きで健やかに輝く遊馬の瞳が、私を知った拍子に翳るかもしれない。私のなかの汚れたものに気がついて、眉をひそめるかもしれない。そう考えると恐くてたまらない。
遊馬にだけは、私のことを知られたくない。
「ちょっとだけ。5分でいいから」
「ごめん無理」
逃れようとする私の腕をしっかり掴んで、彼は言う。
「じゃあ、1分でも――」
「おい」
背後から呼びかけられ、肩が震えた。聞き覚えがある声に一瞬ときが止まる。
遊馬が驚いたように私の後ろを見ている。その視線を追うと、顔をしかめた川崎七都の姿があった。
「なにやってんだ、帰るぞ」
ぶっきらぼうに言う彼に、ぽかんと口をあけてしまう。
「え……あの」
「早くしろ!」
「は、はい」
唖然としている遊馬を振り返りつつ、私は先に歩き出した七都を追った。広い背中を見つめながら、頭の中は疑問符だらけだ。
あれだけ私と接点をつくらないようにしていたのに、人目につく校門の前で、見知った顔がいるかもしれないのに、どうして私に声をかけたりしたのだろう。厄介な噂だって流れているのに。
前を行く背中は無口で、私の質問には答えてくれそうにない。
帰るぞ、と言ったものの、彼は終始無言だった。駅のホームでも、電車のなかでも、ひと言もしゃべらないし目も合わせない。前まではこの距離に立っていただけで「もっと離れて歩け」と言われていたのに、今はそれも言わない。
電車を降り、黙ったまま歩く背中に続いて最寄駅の改札を抜ける。戸惑いながらも、私はほっとしていた。
正の感情で満ちていた倉田遊馬の表情が暗く沈んでしまうことを思えば、負の感情しか見せない川崎七都と一緒にいるほうが、期待も心配もしなくていいぶん楽だ。
「お前さ」
話しかけられるとは思わず、「へ」と掠れた声が出た。彼は前を向いたまま、吐き捨てるように言う。



