「ただいま」
返事はない。廊下の奥から、ぶつぶつと人の話し声のようにテレビの音が聞こえている。
自分のローファーを下駄箱にしまい、少し考えてから、脱ぎっぱなしになっていた男物のローファーを揃えた。
足音を立てないようにして二階の部屋に向かい、途中、上から下りてきた足音に立ち止まる。
制服から私服に着替えた川崎七都が、私を見て足を止めた。
女子たちが見たら嬌声をあげそうなさわやかな風貌は、私服姿だとますます華やぐ。けれど私と目があったとたん、その表情はいつも翳(かげ)った。
「あ……ごめん」
私が端に寄ると、彼はなにも言わずに横を通りすぎる。
同じ家に暮らして一ヶ月が経っても、会話らしい会話をしたことは一度もない。
収納のない四畳半の部屋はベッドと机を置いたらいっぱいになる。
ぬいぐるみも漫画も小物も、母に買ってもらったたくさんの洋服もゴミ袋に放り込んで、必要最低限のものだけをトランクに詰めてこの家に持ってきた。
母の気配が残るものは、ハードレザーの白いトランクキャリーだけだ。



