「お前の歩く速度に合わせてらんねえんだよ。さっさとしろ」

 おずおずと横向きに座り、荷台のステンレスパイプをつかむ。さすがに七都の背中につかまる勇気はない。

 自転車が進む。坂道をくだりながら、傍らの背中を見た。制服の白シャツにはかすかに汗がにじんでいる。

 彼と私のあいだには、どれくらいの隔たりがあるのだろう、と思った。

 同じ血を分けて同じだけの時間を生きてきても、育ってきた環境が違うせいか分かり合える気がしない。そもそも、私の立場からそんなふうに考えること自体、おこがましいのだろうか。

 それでも、川崎七都は私の兄だ。半分だけ血の繋がった、ふたりといない兄。

 彼が私を憎んでいることはわかるけど、私には怒りも憎しみも、喜びも切なさも、なんの感情もなかった。

 父親も兄も、十五年間、私の生活には存在しなかった。二か月前にひょっこり現れただけの赤の他人と変わらない。

 私の人生に最初から最後まで寄り添っていたのは、母だけだ。

 その母に裏切られたことは、世界に裏切られたことと同じ。


 川崎家にたどりつき、私は七都の後ろから降りた。彼がガレージに自転車をしまっているあいだ、灯りのついた家をぼんやり眺める。

 帰ってきた、とは思わなかった。胸にこみあげたのは、戻ってきてしまった、という諦めの気持ちだ。

 なかなか玄関をくぐれないでいると、ガレージから出てきた七都が冷たく言った。

「あれぐらいの癇癪……さっさと慣れろ」

 玄関先の外灯に浮いた顔は、理香子さんとも、私とも、似ているような気がした。