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あてもなく歩くということは、実はひどく退屈な行為だと思う。
目的地を決めない一人旅や、気ままにぶらつくだけの散歩を楽しいと言う人は、きっと帰る場所があるからそんなふうに思えるのだ。
景色も目に入らないままただ歩を運んで、気が付くと以前住んでいたアパートの近くにいた。川崎家から電車でニ駅分ほど歩いたことになる。
なんの因果か、わたしは川崎家とそう離れていない場所に住んでいたということだ。川崎七都と私は小・中とちがう学校に通っていたけど、高校の学区は同じだった。といっても、このあたりの中学生が受験する公立高校は、数えるほどしかない。
私が暮らしていた部屋にはもう新しい住人がいるらしく、郵便受けに知らない名前が入っている。
母と祖母と三人で、祖母が亡くなったあとはふたりで暮らしていたアパートが、なんだか知らない場所のように見える。窓からこぼれる灯りをぼんやり眺めていたら、すぐそばで人の気配がした。
「瑞穂ちゃん?」
こたえる気力もなくただアパートを見ていると、声の主が視界に割り込んできた。
「やっぱり、瑞穂ちゃんじゃない。ひさしぶりねえ。元気だった?」
穴のあいた顔だった。目と思われるふたつの空洞に間近で覗き込まれ、私は後ずさる。それはただの穴ではなく、黒い渦のように中心に向かって動き続けていた。
「どうしたの、瑞穂ちゃん?」
声からすると大人の女の人だ。隣に住んでいたおばさんだろうか。それとも大家さん?
「誰、なの?」
「大丈夫? 顔色が真っ青よ」



