さよなら、世界




「ねえ、ちょっと」

 声をかけられたのは、学校から帰ってきて家に入ろうと門扉を開けたときだった。細い通りの反対側からサンダルをつっかけた人が近づいてくる。

「あなた、ここのところよく見るけど……川崎さんのところのお子さん?」

 服装からすると年配の女性だった。どうやら近所の住人らしい。

「あの、ええと」

「川崎さんのところには男の子がいたわよね。あなたと同じ年頃の」

 探るような声が恐くて、私はうつむいた。隣近所にどんな人たちが住んでいるかは把握していないけど、余計なことを話したら、きっとすぐに噂が立つ。

「私、は、その」

「遠い親戚の子なんですよ」

 聞こえた声に、ぎくりとした。

 すぐそばに、よそ行きの格好をした理香子さんがデパートの袋を提げて立っていた。彼女が私の肩に触れて、香水だか化粧品だかの強い香りが鼻先をかすめた。

「ちょっと事情があって、うちで預かってるんです」

「あらあ、そうだったのぉ」

 サンダルのおばさんは何かをごまかすように「おほほ」と声を立て、短い世間話を始める。理香子さんは適当に相槌をうってから、「それじゃ、失礼しますね」と私の背中を押すようにして玄関をくぐった。