倉田遊馬は軽く身を屈めると、一階の窓枠に飛び乗った。そのまま庇(ひさし)をつかみ、反対の手を使って雨どいに移る。ひょいひょいっと音が聞こえてきそうな動きでパイプを伝い上がり、あっというまに二階の窓に到達してしまった。
ふたたび開いた口がふさがらない。
「ったく、何やってんだよ遊馬」
「わりー」
まるで重力を感じさせない動作で窓を乗り越え、倉田遊馬は友人が待つ二階の廊下に消えた。
呆然と見ていると、同じ窓から彼の顔がひょこっとのぞく。
「ミズホさん」
「えっ」
彼の手から、何かが落とされる。手元に落ちてきたそれを思わずキャッチした。ゼリー飲料だった。
「今日のところは、それでしのいでくれる?」
ごめんと言うように顔の前で両手を合わせると、彼は廊下に引っ込んだ。
いろんなことが起こりすぎて、思考がついていかない。普通に二階にのぼっていったけど、あの人何者? というか、私の名前、呼ばなかった?
「瑞穂ちゃん、大丈夫?」
目をぱちくりさせるマリを見て、私はようやく、倉田遊馬にも『顔があった』ことに気付いたのだった。



