さよなら、世界


 今日も誰にも目撃されずに敷地に入ることができた。
 唯一僕の行動の一部始終を見ていた桜の木は、風に揺らされて残り少ない花びらを散らしている。春が終わるよと、お前はこのままでいいのかと、言われたような気がした。

 たしかに、思い描いていた高校生活とは、だいぶ違っている。もっとこう、友達に囲まれ、放課後は彼女と遊びに行って、というような充実した日々を想像していた。

 しかし、今さらどうしようもない。僕の一年は早々に終わったのだ。来年再起をかけるしかない。

 先に投げ入れていたカバンを拾い、校舎に沿って歩きながら、なに食わぬ顔で生徒玄関に向かった。可もなく不可もない、つまらない一日を今日も過ごすのだろう。そう思ってちいさく吐息をついたときだった。

 奇妙な女子生徒と目が合った。

 白いシャツの胸元に学校指定のリボンがぶら下がっている。学年ごとに色分けされているそれは、彼女が同じ一年生であることを示している。

 長い黒髪の、きれいな顔をした生徒だった。

 僕が受験のあいまに憧れの高校生活についてあれこれ夢想し、隣の席のかわいい女の子と仲良くなって青春を謳歌したい、と想像していた理想の女子に、限りなく近い顔立ちをしている。それこそ隣の席か何かで普通に出会っていたら、確実に恋に落ちていただろう。

 しかしそれは、普通とは程遠い状況だった。

 彼女は目の高さよりもやや上の壁から、上半身を突き出していた。この場合、生えていた、と表現するのが正しいかもしれない。そう、彼女は校舎の壁から生えていたのだ。