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立ち込めた夏の匂いが消えたあとも、私はしばらく風の音を聞いていた。熱された空気に、じんわり汗がにじんでくる。気が付くと、終業式を終えて生徒たちが教室に戻り始めていた。
私は垂れたままの涙をぬぐった。ごしごしと思い切り顔をこする。それから大きく息を吸って、肺に溜まった空気をぜんぶ吐き出した。
渡り廊下に戻り、ぞろぞろと歩いてくる生徒に交じって廊下を進んでいたら、いきなり穴顔の女子生徒に顔を覗き込まれた。
驚いて退くと、彼女が声を尖らせる。
「渡辺さん! どうして無視するの?」
「えっ」
「いつも、目が合ってるのに」
どこかで聞いた覚えのある声だった。ふと見ると、胸ポケットに花の形のヘアピンが差してある。
「あ……そのピン」
その瞬間だった。まるで薄いガラスが一斉に弾けるように、世界が音を立てて割れた。実体のない破片がばらばらと落ちていき、正面の彼女に目と鼻と口が現れる。
「ずっと話したいと思ってたのに、全然反応してくれないんだもん」
愛らしい唇を尖らせて、彼女は私を見ている。可愛らしい顔だちだった。いつか想像した以上に。
「ごめん、気づかなくて。私……その、目が悪くて」
「え、そうなの?」
丸い目をぱちぱちと瞬いて、彼女は「なんだ、そっかぁ」と安心したように頬を緩めた。



