さよなら、世界




 今日の仕事は休みだ、と半ばヤケ気味に笑っていた雪春さんと理香子さんは、ひさしぶりにふたりで出かけるらしい。

 私は七都といっしょに家を出た。朝の時間帯なのに、太陽はすでに強い日差しを注いでいる。

 となりで背を丸めて歩く七都は、いつもより顔色が暗い。私も、空と同様に晴れやかな気分とはいかなかった。

「俺、何にもわかってなかった……」

 事実だけを見つめて、理香子さんの心模様にまで考えが及ばなかったことを、彼は悔いていた。
 じりじりと焼け付くアスファルトを進みながら、私は言う。

「しかたないよ。人の心なんて見えないんだから」

 私だって、これまでの理香子さんの行いを、簡単に割り切ることはできない。それでも、彼女の本当の心を知ることはできたのだ。

 少しずつでも、彼女のことを信じていければいい。
 そう思えるだけでも一歩前進だ。

「一番大切なものは、目に見えない」

 思い浮かんだ一節を口にすると、ちらりと、七都が視線をよこした。

「サン=テグジュペリ」

「へっ?」

「『星の王子さま』だろ、その言葉」

「そうなの?」

「知らなかったのかよ」

 馬鹿にしたように言い、七都はため息をつく。

「本読めよ。親父の書斎にあるから」

 ぴっと定期をかざして並んで改札を抜けながら、彼は「でも、そうか」とつぶやいた。

「見えないなら、しかたない」

 そう言って、眉を歪めながら唇の端を持ち上げた。

 学校での爽やかな笑顔からは想像もつかない、不器用な笑みだった。