「ごめんなさい。渡辺先輩」
彼女の瞳の奥に見えたのは、深い穴だった。
『僕』と『彼女』がつくる世界への渇望、それを手に入れられないとわかったときの絶望。
手に入らないなら、せめて壊したい。そんな衝動に駆られた末に右目を失い、まるで代償のように雪春さんを手に入れた。
理香子さんは深い穴に閉じ込められている。恐怖や罪悪感や絶望だらけの底のない闇で、人はどれだけ自分を保っていられるだろう。
彼女の、私への仕打ちは、すべて裏返しだったのだ。
私の母への償いのつもりだったのに、その後ろめたさが、かえって反対の行動を取らせた。
「ごめんなさい。渡辺先輩の大切な人を、奪ったの。私が、むりやり」
力をこめられて、肩が痛んだ。
理香子さんの抱える闇が見えたのに、私はどう答えるべきかわからない。切実に訴えられても、私にはどうすることもできない。
ふと横から手が伸びて、理香子さんを私から引き剥がした。雪春さんが身体をかがめて彼女を覗き込む。
「違うよ理香子。俺は仕方なく君と一緒にいるわけじゃない。俺は自分の意志でここにいるんだ」
あっと思った。雪春さんは、彼と同じだ。
「君は彼女のこととなると人が変わってしまうけど、それ以外では十分魅力的な人間だよ」
光の筋が見える。それは、落ち続ける理香子さんを繋ぎ留める、一本の命綱だ。
「まあ、君は俺がそばにいないとどうにもダメみたいだから、放っておけないってのも事実だけど」
雪春さんはくすりと笑った。それから私を振り返る。



