さよなら、世界


「そこまでだ、七都」

 背後からの声に、ぎくりとする。

 振り返って、私は目を見開いた。いつのまに入ってきたのか、メガネをかけた男の人が廊下に立っている。

 理香子さんが置き去りにされた子どものような顔で「雪春さん!」と飛びついた。

「どうして、ここに」

 私のつぶやきに、父親は凛々しい眉をわずかに下げる。

「夕べ七都から連絡をもらって、車を飛ばしてきたんだ。けど途中で事故渋滞に巻き込まれてね」

「七都が……?」

 テーブル脇に佇んでいる七都は、張り詰めたものが切れたように背中を丸めていた。父親とは目を合わせず、うつむいている。

「瑞穂は大丈夫か? 閉じ込められたって聞いたんだが」

 言葉にならなかった。なんて答えればいいのかわからない。

 しがみつく理香子さんの背中を撫でながら、彼は私と七都にまっすぐ視線をよこす。その顔をあらためて見た。

 川崎雪春。白昼夢や夢に出てきた主人公の『僕』が成長した姿だ。彼が高校一年生のときに校舎の脇で出会い、倉庫の屋根の上で絆を深めた相手は――

「理香子、すまなかった。君ひとりにずいぶん背負わせてしまったね」

 細い肩をつかんで、雪春さんは諭すように言う。

「だからもう、そんなふうに自分を責めるのは、よしなさい」

 あっけにとられている私と七都を見て、彼は息をついた。

「理香子はね、感情をまっすぐに表に出せないんだ。思いつめれば思いつめるほど、歪んでしまうんだよ。抱えきれないくらいの罪悪感に押しつぶされてね」

 私と七都の顔を交互に見やり、悲しそうな顔をする。

「だけど、瑞穂に対してはよくない癖が出たらしいね」