さよなら、世界



 理香子さんが強い力で私を引っ張る。とっさに足を踏ん張って、私は訴えた。

「学校に行かせてください」

「だめっていってるでしょう!」

 リビングを震わせる怒声に、身体がこわばる。

 理香子さんの細い体のどこにそんな力があるのか、問答無用で引きずられた。彼女のスリッパが床にコーヒーの筋をつくる。それを踏みつけたせいで滑って力が入らない。

「ま、まって、お願いします」

 声が掠れた。なんだか息が苦しい。

「いいから、来なさい!」

「やだ」

 空気をうまく吸えない。喉に異物が詰まっているみたいだ。

「はな、して」

「はやく来なさい!」

 リビングから引きずり出されそうになったとき、ばん、と音がした。

「いい加減にしろよ!」

 テーブルに両手をついて七都が立ち上がる。理香子さんが目を見張った。
 朝のニュース番組が場違いに情報を垂れ流すなか、彼は叫ぶ。

「親父を無理やり手に入れたくせに、いまさら何を欲しがってんだよ!」

 びりびりと空気が震動する。七都の目は真っ赤だった。

「いい加減に現実を見ろよ! いつまで自分を高校生だと思ってんだよ!」

「あ、あんた、母親に向かって」

 声を震わせる理香子さんに、彼は叩きつけるように言う。

「そうだよ! 俺はあんたが汚い手を使ってできた子どもだよ!」

 七都の感情は振り切れていた。苦しげに肩を上下させ、理香子さんを睨む。

「俺が、何も知らないとでも、思ってたのかよ」