この人がいなくなれば、私と雪春先輩で世界を完結できる。いや、命そのものを奪わなくても、身体のどこかが欠落してしまえば、雪春先輩とつくりだしていた世界は崩れる。彼女には、その資格がなくなる。そうすれば、私が――
ぐらぐらと頭の中が煮え立っているみたいだった。視界が真っ赤に燃えたように映る。彼女の細い喉に、とがった刃先を突きつける。
「私は幸せになりたいんです」
白い喉から刃先をずらし、床に散らばった髪をすくいあげる。そのとき、勢いよく扉がひらいた。
「おい、なにやってんだよ!」
突き飛ばされて、私は食器棚に頭をぶつけた。裁ちばさみが床を滑る。後頭部がじんじん痺れた。棚につかまりながらどうにか立ち上がり、転がったハサミを拾い上げる。
見ると、雪春先輩が彼女を助け起こしていた。
「邪魔をしないでください、雪春先輩」
「お前、ちょっと落ち着けよ」
家庭科室の冷えた空気が、三人を包み込む。私が得られない完全な世界を、ふたりはこんなところでもつくりだす。つながったふたりの手を断ち切りたい。
ハサミを振り上げて踊りかかった瞬間、
「だから、やめろって」
彼女をかばった雪春先輩が、ハサミを持った私の手を押しのけた。その拍子に彼の上靴につまづいて、私は勢いを保ったまま机にぶつかった。
強烈な衝撃に、何が起きたのかわからなかった。ステンレスの天板が貼られた家庭科室の机は、角が尖っている。そこに右目をしたたか打ち付けたことだけはわかった。
不思議と痛みはなかった。ただ目をぶつけたくらいにしか思わなかった。私以外の誰かが悲鳴を上げる。急激に狭まった視界のなか、床に転がった裁ちばさみが見えた。
私はゆっくりと振り返る。左目に映ったのは、真っ青な顔をした雪春先輩だった。
◆ ◆ ◆



