「自分のことが、信じられない?」

 となりにマリが座った。優しい口調で、いたわるように私を見る。

「自分の感覚が、正しいのかどうか……わからない」

 私の価値観は、母が小さい頃から時間をかけて植え付けたものだ。それを疑っている私は、母を信じていないということになる。

「こわい」

 ――恐怖心はなくならないよ。だから、コントロールするしかない。

 遊馬の声を思い出す。だけど、私には、どうしてもそれを制御することができない。

「いつか、遊馬も七都も、マリちゃんも、穴顔になっちゃったら、どうしよう」

 声が震えた。

 穴顔のほうがいいなんて嘘だ。たしかに他人の表情ひとつで落ち込んだり悲しくなったりすることもあるけれど、それ以上に喜びだって得られる。

 浮かんだ表情ひとつで、人とのつながりを強く感じられる。
 だから私は、彼らの笑った顔や怒った顔を、失いたくない。

「でも、どうしても、お母さんのこと、信じられなくて」

「大丈夫」

 マリの手が、ふわりと私の頭に触れる。遊馬がそうしてくれたように、彼女も、私を優しく撫でてくれる。

「瑞穂ちゃん、眠って」

 私をベッドに横たわらせて、彼女は横から顔を覗きこむ。

「心が疲れてると、全部悪いほうに考えちゃうから」

 横になった私の額に、マリの冷えた指先が触れる。その温度が心地いい。

「おやすみ、瑞穂ちゃん」

 大丈夫だよ、とまるで子守唄のように彼女はささやく。

「私は瑞穂ちゃんのこと、ちゃんと信じてるから」

 不安をぜんぶ包み込んでくれるような、安心できる声だった。

 私は目を閉じる。全身がぬかるみに沈んでいくように、少しずつ、意識が薄れていった。