さよなら、世界




「だめよ」

 腕を掴まれて、強引に引っ張られた。そのまま引きずられてリビングを出る。「母さん!」と叫ぶ七都の声を無視して、理香子さんは階段をのぼる。

 針は「嘆き」に振れていた。理香子さんは何度も確かめるように私を振り返る。そのたびに掴まれた腕がぎりぎりと痛んだ。

「あんたはちゃんと、私の目の届くとこにいなきゃいけないのよ」

 身体の芯まで凍りつきそうな声に、息ができなくなる。

 私を部屋に押し込むと、彼女は思い立ったように私の髪に触れた。手の感触に、びくりと肩が跳ねる。そんな私をあわれむような目で見て、理香子さんは私の背中までのびた髪に指を差し入れた。

「これは、全部あんたのためなの――」

 すっと私から離れると、彼女は部屋の外に出る。嫌な予感がした。

「まって」

 扉が閉まったあとで、がちゃんと金属音が響いた。私はすぐにドアに取り付き、ノブをひねった。いつものように押しても、ドアは動かない。

 閉じ込められたのだと、とっさに理解した。

「開けて! 開けてください!」

 力いっぱいドアを押すけれど、がたがた揺れるだけで一向に開く気配がない。ここのところ風を通すために開きっぱなしだったドアに、いつのまにか外から掛けられる錠が取り付けられていたのだ。

「理香子さん!」

「食事の支度は私がやるから心配しなくていいわ。あんたにも、ちゃんと夕飯を運んであげる」

 足音が、遠ざかる。

「まって! 開けて――」

 ドアノブを必死に回しても理香子さんは立ち止まる気配がなく、足音は階段を下りてやがて聞こえなくなった。