さよなら、世界




「やっぱり七都も花火行こうよ、一緒に」

「はあ?」

 いっそ清々しいほどの渋面をつくって、彼は吐き捨てる。

「ばか、そんなのふたりで」

 そのときだった。背後で勢いよくリビングのドアが開いた。七都が私の後ろを見て目を見開く。

「なんの話をしてるの? あんたたち」

 静かな声に、心臓がぎゅっと縮まった。全身が小刻みに震え出して、振り返ることができない。七都が固まったまま、声を震わせる。

「母さん、出かけてたんじゃ」

「まだよ。近所でボヤ騒ぎがあったらしくて、見に行ってただけ」

 こわいわよねぇと言って、理香子さんが私の横に立った。

「留守中に火が上がってましたなんて、目も当てられない」

 肩に手が置かれて心臓が跳ねた。
 薄いシャツ一枚を通して、冷たい手の感触が流れ込んでくる。凍りついた空気はきっとエアコンのせいじゃない。

「ねえ、瑞穂。どこかに行くの?」

 まるで幽霊に話しかけられているみたいだ。背中がぞくぞくと震えて、動悸が激しい。肩に触れた手が、どんどん重くなる。

「あの、私」

 恐怖に飲み込まれそうになった瞬間、七都と目が合った。眉間に皺を寄せ、彼はなにか言いたそうに口を開けている。ふと思った。苦しいのは、私だけじゃない。

 廊下の窓を飛び越えて、弾けるように笑ったマリの顔。大丈夫だよ、といたずらっぽく笑って私にデコピンをした遊馬の顔。
 ぐっと手を握り締めて、私は振り返った。

「あの……私、今晩、花火に行く約束をしてて、だから」

 その先を続けられなかった。理香子さんの目が、神経のつながった左の目が、涙に濡れて真っ赤になっている。