さよなら、世界



 目元に触れると、手に涙のあとがついた。あまりに必死すぎて、自分でも気づかなかった。

「ごめん、なんでもない。ちょっと……ゴミが入って」

 涙をぬぐいながらも、私はほっとしていた。遊馬は私を気遣ってここに連れてきてくれたのだ。目をごしごしぬぐっていると、彼はふわっと表情を崩した。

「なんだそっか。廊下の真ん中でいきなり泣き出すから、だいぶ焦ったよ」

 本当は、キミのその飾らない表情を見つけたからです。

 そうとは言えず、「ごめん」と謝った。ついさっきまで針のむしろを歩いているみたいだったのに、今は真綿にくるまれたような安心感に満たされている。

 人の表情が目に見えるっていうのは、私が思っていたよりもずっと、大きなことなのかもしれない。

「そういやさっき、花火がどうのって」

「あ……うん」

 話のとっかかりをつかんだのに、あらためて遊馬と向き合うと、なかなか言葉にならなかった。

「えっと、あの」

 焦れば焦るほど口にできない。そのうち、頭上でチャイムが響き始めた。

「あ……」

「鳴っちゃったね。また今度聞くよ。戻ろう」

「う、うん」

 遊馬が鉄のドアに手をかける。真っ白なシャツの背中に、マリの顔がよみがえった。

 善は急げ。

「まって」

 とっさに手を伸ばしていた。シャツを掴むと、彼は驚いたように振り返る。

「あの、花火! 今度の木曜の……いっしょに行かない?」

 目をつぶって、最後まで言い切った。

 短い沈黙が流れる。薄く開いた非常ドアの隙間から、廊下の喧騒が聞こえてくる。

 おそるおそる目を開けると、遊馬はびっくりしたように瞬きをした。それから、はじけるように笑った。