さよなら、世界



「瑞穂はどうだ?」

 テーブルのお土産類を眺めていたら、低い声が私に向けられた。

「学校には慣れたか?」

「あ、の」

「さすがに慣れるわよねえ。もう七月ですもの」

 理香子さんがカップにお湯を注ぎながら楽しげに言う。

「この子、このあいだ男の子といっしょに帰ってきたのよ」

「ええ!」

 メガネの奥の目が丸まって、私は固まった。

「階段から落ちたらしくてね。わざわざ送ってくれたんですって。もうびっくりしたわよ」

「ああ、そういうことか」

 ほっと目を細める『父親』を、理香子さんがさりげなく横目で見ている。

 なんだかひやひやする。彼の反応次第で、きっと理香子さんはあとで私に怒りをぶつけるのだ。表面上で笑いながら、『父親』が私をどう見ているのか探っている。

「いやー、いきなり娘ができるっていうのも心臓に悪いなぁ」

 はっはっはと明るく笑う彼に悪気はないのだとわかっていても、耳を塞ぎたくなる。

 私はいきなりこの世に現れたわけじゃない。十五年前に生を受けたのだ。でも、それを考えればおのずと母の顔が思い出されて、この十五年はなんだったのかと自問せずにはいられなくなる。

 私は生まれていい存在だったの?
 私がこの家にいることを、喜んでる人なんているの?
 私の母は、理香子さんに何をしたの?

 卑屈な思いにとらわれそうになって、私は顔を伏せた。笑い声を立てる『父親』も、微笑みながらそっと彼を観察している理香子さんも、穴顔になればいいのにと思った。

 彼らの表情は、私の心を狭める。

 ソファに座る七都の背中を見つめながら大きく息を吸って、私は目を閉じた。

 懸命に思い出そうとしたのは、マリのふてくされた顔と、遊馬の朗らかな笑顔だった。