* * *
玄関のドアが勢いよく開けられたのは、土曜日の午後だった。
「帰ったぞー!」
メガネをかけたポロシャツ姿の男の人が、重そうな紙袋をどさっとテーブルに置く。
「あなた、おかえりなさい」
めずらしく朝から台所に立っていた理香子さんが、テーブルに並べられたお土産を嬉しそうに手に取った。
「あら、笹漬けがこんなにたくさん!」
「理香子、これ好きだろ。このあいだ買ってきたらあっという間になくなったから、今回は多めに持ってきたよ」
「こんなに食べきれるかしら。消費期限だってあるでしょ?」
そう言いながらも、理香子さんは終始笑顔だ。普段は和室に閉じこもることが多い彼女も、『父親』が帰ってくるときだけは身奇麗な姿を見せて、いそいそと動き回る。
「コーヒー淹れるわね。七都も飲むでしょ」
ソファに座ってテレビを見ていた彼が、右手を上げて答える。それから理香子さんは私に視線を向けた。
「瑞穂は?」
弾んだ声に、「いただきます」と返そうとして、喉にひっかかった。咳払いをして、うなずく。
ここで手伝いますと言おうものなら、あとで大変なことになるというのは経験済みだった。
下手に手を出してはいけないのだ。『父親』の前では、私は理香子さんに甘える子供を演じなければならない。
「七都、どうだ最近の様子は」
「別に、ふつう」
柔和な笑みを浮かべてソファに近づく『父親』に、七都は振り向きもせずに答える。一ヶ月ぶりに顔を会わせる父親に対してだいぶそっけない態度だけれど、年頃の息子と父親の会話がどんなものなのか、私にはわからない。
家の中に広い背中がふたつ並んでいる様子は、なんだか不思議な光景だった。



