「お前は、うちじゃなくて別の場所で生きてたほうが、幸せなんじゃないかって」
苦しげな声に、いつかの彼のせりふがよみがえる。
――ほんとお前、なんでうちに来たんだ……
七都は私をわずらわしく思っていたわけじゃなかった。私のことを考えて、あの言葉を放った。
全身が痺れたように動けなかった。鼻の奥がつんと痛んで、唇を噛み締める。
嫌われてると、思ってたのに。
七都は私を見ると目を逸らした。切なげに眉を歪め、息をつく。
「お前の母親だって――」
思いがけないキーワードに「えっ」と声が漏れる。私の反応に、七都は目を伏せた。そのまま黙りこんでしまう。
「何か、知ってるの? 私のお母さんのこと」
七都の瞳が揺れる。肩にかかったタオルを右手でぎゅっと握り締め、彼は言った。
「昔、親父の日記……ていうか、メモ書きみたいなのを、書斎で見つけて」
川崎家の二階には、『父親』と理香子さんの寝室がある。寝室の奥には『父親』が使っているらしい書斎があった。ただし、単身赴任になってから理香子さんは一階の和室で寝起きするようになっていて、月に一度『父親』が帰宅するとき以外は、二階へは私と七都が上がるだけだ。
「メモ書き」
そこに昔の出来事が書かれているのだろうか。私の母親が理香子さんから右目を奪い、理香子さんの恋人だった『父親』の心を奪った過程がなぞられているのだろうか。
知りたかった。私の母は、本当に悪魔みたいな女だったのか。
「私もそれ、見たい」
七都は小さく首を振る。
「親父が単身赴任先に持っていったから、この家にはない」
「じゃあ教えて。何が書かれてあったのか」
「それは」
私は七都の目をじっと見た。瞳の奥に答えが隠されているような気がして、懸命に探る。それに気づいたように、七都はぱっと顔を逸らした。



