「ああ、そうでした」

 アキ君が突然声を上げる。

「まだ、あなたのお名前を伺ってませんでしたね」


 それを聞いて私はちょっと迷った後、苗字だけを書いた。


 お兄ちゃんの話からすると、“チカ”と教えたところで彼が過去を思い出すことはないだろう。

 その点は心配してない。


 私としては変に親しくなって別れを惜しむようになっては、アキ君のところに戻ってきた意味がない。

 そのほうが怖い。


 それに、もうすぐ顔を合わせなくなるのだ。

 仲良く友達付き合いする必要はない。

 だから『大野』で十分。



 アキ君は苗字しか書かれてないメモを見ても、特に何も感じていないみたい。

「大野・・・さんですね。
 では、改めてよろしくお願いします」
 
 そう言って頭を下げてくる。


 私も彼に合わせてお辞儀をした。