少し前だったらきっと嬉しく思えたお母さんの手料理に喜びが湧かないほど今は気持ちが沈んでいた。空の記憶のことで激しく動揺しているせいだ。

 夕食の時、お母さんや夏原さんが色々と話しかけてきたけど何を話しどんな物を食べたか全く覚えていない。夕食中、なるべく空と目を合わせないよう私は必死だった。

 初対面の記憶が食い違っているのも空に原因があるのかもしれない。ううん。「かもしれない」ではなく確実にそうだ。

 今まで疑問に感じていたことの答えが分かったのに全然スッキリしないし、空とどう接したらいいのか急に分からなくなった。嫌いになったわけじゃない。むしろ好感度はどんどん高まっている。だからこそ戸惑った。

 家族として兄として好きでいる方が楽に決まっている。でも、これ以上空の心に踏み込むようなことをしたら私の好意は家族意識を簡単に越えてしまいそうでこわい。

 空のことを知るたびもっと知りたくなる。知るたび好きになってしまう。いつか空のことを知り尽くしても一生知り尽くした心持ちにはなれないだろう。だったら知らないままでいたい。これ以上知りたくない。

 人を好きになると人間は弱くなる。初恋でそれは実証済みだ。私は二度と弱るわけにいかない。一生独りで生きていくと決めたんだから。


 翌朝からは通常授業になる。お弁当を作るために早起きし身支度を整えダイニングに入った。まだ誰も起きてきていない。室内は暗くひんやりしていた。

 同じダイニングでも、お母さんと暮らしていた頃と今のそれではだいぶ違って見えた。それはもちろん内装や間取りの影響が大きいけどそれだけじゃない。暮らしや家族構成が変わったからだ。電気をつける前の暗いダイニングですら以前には感じなかったぬくもりがある。