「もう少しだけ」


ここにいるという意思表示をする。

どうせお母さんは、仕事で遅いのだ。
朝は私が登校するよりも早く家を出て、夜は八時を過ぎることもざら。
三が日も過ぎたばかりの一月四日には、お得意さんに新年のご挨拶だとかで出かけていたし。

本当にご苦労様という感じだ。
半ば投げやりにそう思う。

毎日、念入りにメイクをして、お父さんが生きていた頃より服装も派手になった。
近所の人からは「再婚したら?」なんて声もチラホラ聞かれる。
事実、お母さんはまだ三十代後半。
充分に再婚できる歳だろう。

私のことを「心配だ」と口で言う割に、その態度からは心配加減が一向に伝わってこない。
ただの口癖。
もしくは、世間体が気になるから私の生活態度に難癖をつけているだけ。

もしかしたら、仕事じゃなく若い恋人がいるせいで毎晩遅いのかもしれない。
なんてことも最近はよく考える。

とにかくお母さんは、私にとってただの口うるさい人だった。


「今から絵の具を買いに行かなきゃならないんだ。一緒に出るぞ」


俊さんはそう言うとニット帽を目深に被り直し、ハンガーに掛けてあったコートを羽織った。