桜の花びら、舞い降りた


◇◇◇

私が向かったのは、俊さんのアトリエだった。

午後七時。
そんな時間に私が避難所的に行けるところは、ほかにない。

チャイムを鳴らすと、俊さんは「今日は随分と亜子の顔ばかり見てる気がするぞ」と言った。
笑うわけでもなく怒るわけでもなかった。

中にスルリと体を滑り込ませると、圭吾さんの姿が見えなかった。


「圭吾さんは?」

「風呂」

「そっか」


さっきまで圭吾さんが座っていたストーブ前の椅子に腰を下ろした。


「母親とまたケンカでもしたのか」


俊さんにはお見通しというわけだ。
なにも答えないでいると、俊さんは鼻をフンと鳴らした。


「亜子はガキンチョだな」

「な、なによ。たかだか十年くらい長く生きてるからって、私を子ども扱いしないでよね」

「ガキだからガキだと言ったまでだ」