その裏側では、もうひとりの俺の声が囁く。
いや、これでいいんだ。
こうするしかないんだ。
そう説き伏せ、ただひたすら走った。

握りしめた美由紀の手を引き、道路を横断する。

美由紀は誰にも渡したくない。
ただそれだけだった。
それ以外はほかに、なにもなかった。

運命の出会いは、時に悲劇を生むものなのかもしれない。
後ろめたさを感じながらも、心はどうにもならなかった。


「もう限界。……これ以上走れない」


不意に美由紀が足を止めた。
肩を上下に弾ませ、息を切らせながらつぶやく。

咄嗟に振り返った俺たちの遥か遠くに、追手らしき人の姿を確認できた。
このままでは捕まってしまう。
焦る気持ちに拍車がかかる。

俺たちを煽るようにして、桜の花びらを乗せたまま、強い風が吹きつけた。

二百メートルはある橋の真ん中に立つ俺たち。
眼下には、春の川が穏やかに流れている。

――飛び降りるしかない。
そう思った。

その場にうずくまって肩で息をしている美由紀には、もうこれ以上の逃走は無理だろう。
橋の欄干に足を掛けた。