桜の花びら、舞い降りた


◇◇◇

うしろをトボトボと心許なく歩く彼を引き連れ、私は再び俊さんのアトリエへとやってきた。
心配そうにする香織には、「俊さんのところに連れて行くから平気」だと安心させて帰ってもらい、アトリエのチャイムを鳴らす。
ところが、しばらく待ってみても反応はない。
俊さんは、まだ帰っていないようだ。

試しにドアのノブに手を掛けて手前に引いてみると、驚いたことに扉が開いた。
俊さんはカギをかけ忘れたようだ。
勝手に入るのはどうかと躊躇ったけれど、寒さに震える彼を連れて来てしまった以上、『外で待とう』とは言いづらい。
自分の家でもないのに「どうぞ」と招き入れてしまった。

ついさっきまで石油ストーブが点いていたからか、部屋の中はまだ温もりを保っていた。
いつも私が座っている木製の椅子をストーブの前まで引っ張り、火を点ける。
ボッと音を立てて燃え上がった炎は、すぐにストーブの芯を真っ赤に染め上げた。

彼に特等席を譲り、私はアトリエの片隅にある小さなキッチンへ向かい、使い勝手の分かっているそこで紅茶を淹れた。
それを差し出すと、彼は力なく私を見上げて「ありがとう」とつぶやき、一気に飲み干してしまった。

よほど喉が渇いていたのか。
それとも暖を取るためか。


「おいしい」


不意に彼が笑みをこぼす。