桜の花びら、舞い降りた


「こんなにそっくりなのに……。それじゃ美由紀はどこへ?」


彼の目が悲しげに宙を彷徨う。


「美由紀さんって方と一緒だったんですか?」


考えるようにうなずいたあと、彼は「一緒に川へ……」とボソッと言った。

一緒に川に? こんな寒空に?
いったいどういうことなんだろう。

寒さからなのか心細さからなのか、彼がガタガタと震えだした。
自分の両腕を抱え込むようにしながら、背中を丸める。


「あの……ひとまずどこかで休みませんか?」

「えっ、ちょっと亜子ってば!」


香織が私のコートをグンと引っ張る。
彼女はさっきよりも声を荒げた。

私はいったいなにを言っているんだろう。
口に出してしまってから、自分で自分に驚いた。
まるで、頭と口が別々の動きをしてしまったようだった。

初対面の人を連れてどこかで休もうなんて、どうかしてる。
しかも、自分がどこにいるのかもわからないような人だというのに。

それも、“どこか”って……。

そのときふと思いついたのは、俊さんのアトリエだった。
家に連れて帰るわけにはいかないし、あそこくらいしかない。

でも、どうしてだろう。
この見ず知らずの男の人を放ってはおけなかった。
ここに置き去りにしてはいけないような気がしてならなかった。