やっぱり坂井君は、あたしに移植された角膜が自分の兄の角膜だと信じたいんだと思う。

 信じて、あたしと一緒に問題を解決することによって、お兄さんとの繋がりを感じていたいんだと思う。

 亡くなったお兄さんとは、さぞかし仲が良かったんだろう。お兄さんも坂井君のことを、すごく大切に思っていたし。

「なあ小田川、あのさぁ」

 急に歯切れの悪い口調になった坂井君が、まるで迷子のような心細い顔をする。

「なに?」

「兄貴、俺にはなんか言ってなかった?」

「え?」

「三津谷さんみたいに、俺にも兄貴から伝えたいことって、なかったのかなと思って」

「……」

 おずおずとあたしの目の奥を覗き込む坂井君の様子に、とっさに答えることができなかった。

 移植したその日から、あたしが一番頻繁に見ている夢は、弟である坂井君の夢。

 おそらく一番気にしていただろう弟に対して、お兄さんが一貫して伝えたい言葉は、たったひとつであることをあたしは知っている。

 でもその言葉を今ここで伝えるのは、ためらわれた。

 亡くなってしまったお兄さんとの繋がりを求めている坂井君にとって、あの言葉はきっと、嬉しいものではないと思うから。