頬を緩めるお母さんに笑顔を見せながら、あたしは心の中で思う。

 大丈夫だよ、お母さん。なにも心配いらないよ。

 絶対あたしがお母さんと家族を守るから、安心していいからね。

「翠はなにも心配しなくていいの。大丈夫だからね」

「うん、お母さん」

 お互いに微笑み合うお母さんとあたしを乗せた車は、いつも通りの決まった道を問題なく進んでいく。

 フロントガラスから見上げる空はよく晴れていて、薄青い画用紙に筆で白色をパッと塗り広げたような雲が、大きく広がっている。

 このところ晴天続きで今日も雨の心配はないし、車の流れも、車道脇の建物も、歩道を歩く人たちの姿も、当たり前に何事もなく通り過ぎていく。

 いつも通りの変わらない風景の中で信号待ちをしながら、ふと、道路脇に立っている一本の桜の木に目がとまった。

 まだほとんどの蕾は眠ったように閉じているけれど、日当たりのよい枝の先の花々はひと足先に目覚めて、すでに開花している。

 この木、昨日まではひとつも花が咲いていなかったのに。

 たった一日で、こんなに咲いた。

 すぐに信号が変わって車が滑るように走り出し、桜の木はあっという間に視界から遠ざかった。

 そしてあたしの目には、またいつもと変わりない町の風景が次々と流れ去っていく。

 でもなぜか瞳の奥には、あの枝先で風に揺れる桜の花の姿がいつまでも消えなかった。