目が覚めたということにすら、しばらくは気がつかなかった。

 天井に備え付けられている照明機器の半透明なカバーを見ても、閉まったカーテンを透かす朝の光を窓から感じても、いまが現実なのか夢の続きなのか、よくわからない。

 スマホのアラームが、『チュン、チュン……』とスズメの鳴き声を響かせて、あたしはようやく現状を理解して心から安心した。

 間違いない。これはあたしが設定したアラーム音だから、大丈夫。

 あたしは、小田川翠なんだ。

 ホーッと大きく息を吐きながら、ベッドに横たわったままの姿勢でグダッと一気に脱力する。

 なんでこんな当たり前のことに安堵の吐息を漏らしているかといえば、夢の中でのあたしの自意識は、すごく曖昧になっているからだ。

 夢を見ている間、あたしは自分が小田川翠なのか、坂井君のお兄さんなのかが、自分でもよくわかっていない。

 なんというか、そのふたりの混合体のような不思議な感覚なんだ。

 坂井君のお兄さんという立場の、小田川翠……のような。

 あたしの自我と、お兄さんの断片的な記憶が中途半端に混在しているような感じで、お兄さん側の状況は完璧には把握できていない。

 そんなわけのわからない立ち位置での夢を頻繁に見ているのだから、毎回目を覚ますたびに混乱してしまうのも当然だと思う。

 ……それにしても今日はどうしたんだろう?

 角膜移植をしてからずっと、坂井君の夢ばかりを当然のように見ていたけれど、今日は突然夢の中に別の人が現れた。

 こんなことは初めてだ。昨日、坂井君と衝撃の出会いをしてしまったせいだろうか?