教科書とノートを机の上に広げて、黒板の内容をノートに書き写そうとシャーペンを握ってはみたものの、黒板の文字も先生の声も、まったく頭に入らない。

 あたしの頭の中には壊れたレコーダーみたいに、生徒玄関前で出会った彼の姿が映っていて、耳の奥では彼の声がずっと響いている。

 まるで消したくても消せない、永久保存のデータのように。

 この左目に刻まれた、ドナーの人の記憶のように。

 ……いや、でも……まだそうと決まったわけじゃないんだ。

 あたしが勝手にそう思い込んでいるだけで、勘違いの可能性も、もちろんある。

 でもその答えを知るためには、彼から真相を聞き出さなければならない。

 いったい、どうやって聞き出せばいいというのか。

 それに、確かめて決定打を食らって、認めざるをえない状況に自分を追い詰めてしまうことが怖い。

 だから確かめたくない。触れたくない。うやむやなままにしておきたい。

 でも目の前に見えている物を、わざと見ない振りをし続けても余計に不安は煽られる。

 あたしは机の下でこぶしを握りしめながら、この場から逃げ出してしまいたいほどの大きな恐怖と不安感に堪えていた。