「おはよう、小田川さん」

 看護師さんの声が聞こえて、あたしは唐突に夢から醒めた。

 天井の細長い蛍光灯と、ベッドの周囲をグルリと取り囲む白いカーテンが右目に飛び込んできて、夢と現実のギャップに一瞬戸惑う。

 薄いピンク色のナース服を着た看護師さんが、笑顔で電子体温計を差し出しているのを見て、すぐに状況を理解した。

 ああ、そうか。あたしは……

 昨日この病院で、左目の角膜移植手術を受けたんだ。

「小田川さん、具合はどうかな? 夕べはちゃんと眠れた?」

 体温計を脇に挟みながら、あたしは寝起きの掠れ声で答える。

「麻酔が切れたあとに痛み止めの注射を打ってもらったんですけど、それでもすごく痛くて。うつらうつらできた程度です」

「術後の痛みって、個人差が大きいのよ。飲み薬処方するから食後に飲んでね。効かないようなら座薬もあるよ?」

「えー、お年頃だから座薬はちょっとー」

「今月、中学卒業したばかりなんだって? 若いわねえ」

 脇に挟んだ体温計の電子音が聞こえて、看護師さんに手渡してから血圧を測ってもらう。

「眼帯は絶対外さないでね? 歯は磨いてもいいけど、顔は洗わないで。拭くだけよ?」

 そう念を押されて、明るく「はーい」と返事をした。

 感染症の予防と、刺激を与えないために、担当医から許可が出るまでは洗顔も入浴も洗髪もできない。

 あたしは歯磨きセットだけを持って、点滴スタンドをガラガラと引っ張りながら病室を出て、廊下の角にある共同洗面所へ向かった。

 歩きながら窓の外を眺めれば、まだ三月中旬の北国はしっかり雪景色。

 この冬は雪が多くて、どこもかしこも真っ白な綿帽子をこんもりと被っている。

 この間の卒業式の日もいっぱい雪が降っていたし、今も、落下する音が聞こえそうなほど大きなボタ雪が、天から切れ目なくドカドカ降っていた。

 この白一色で覆われている寒々とした世界は、両目が見えていてもさぞ遠近感に乏しい景色だろう。

 外は氷点下の気温でも病院は暖房がガンガン効いていて、廊下でも真夏並みに暑い。

 おかげで薄い入院着一枚だけでも、まったく寒さは感じなかった。