「小田川、お前さ、せっかく出会えたその角膜、大事にしろな」

「うん。もちろんだよ。一生大事にするよ」

「俺も大事にする。……せっかく出会えたお前のこと」

「え?」

「ここ寒いな。コンビニ行こう。コンビニ」

 涙を拭う手の動きを止めてポカンとするあたしを置き去りに、坂井君は自転車に乗ってサッサと横を通り過ぎて行ってしまった。

 すれ違う瞬間、彼の頬が真っ赤だったのは、たぶん気のせいでも秋風のせいでもないと思う。

「……」

 あたしも急いでゴシゴシと頬を拭い、自転車に乗って、結構なスピードで前を進む彼の後を負けずに追いかけ始めた。

 確かめてみよう。この目で。

 叶さんから受け継いだこの目で、もう一度。


 ペダルを踏み込むたびに、澄み切った秋の風が髪を靡かせ、体の中を通り抜けていく。

 河沿いに見える建物や、大きな橋や、道端の草花や宵の空に浮かんだ雲が、あたしの視界を通り過ぎて行く。

 それにつれて、ほんのりと薄闇に包まれた坂井君の背中が、ぐんぐんぐんぐん近づいてくる。


 ついにあたしの自転車と、坂井君の自転車が横に並んで……

 そしてあたしは透明な0.5ミリの膜を通して、なによりも幸せに思える素敵なものを、この目でたしかに見た。



【END】