すすり泣くあたしの目から、涙が零れ落ちる。

 これは、あたしの涙。

 泣くことを許されなかったあたしに、叶さんが与えてくれた、最期の贈り物。

 彼のおかげで得ることができた、透明な0.5ミリ向こうの世界を、あたしはこれから生きていく。

 幸も不幸も、不運も理不尽も、笑顔も涙も誇りも喜びも、明日の予測もできないすべてが混在している、この世界を。

「小田川、ありがとうな」

 軽く鼻を啜った坂井君から感謝の言葉を言われたけれど、お礼を言うのはこっちの方だよ。

 あの春の日、桜の樹の場所で、坂井君に出会ったあたしは心底悩んで苦しんだ。

 大げさじゃなく、出会ったことを呪いさえした。

 なのにいま、この出会いに心から感謝している。

 幼い頃の事故があって、この角膜と出会って、坂井君と出会って、彼を好きになれたあたしだから、大丈夫。生きていける。

 明日もきっとこの世界を生きているだろう自分の姿を、信じられるよ、叶さん。