坂井君には聞こえないように声をひそめた千恵美ちゃんの不満そうな呟きに、あたしの頬が軽く染まった。

 どうしてって、それはやっぱり、あたしの片想いだからじゃないでしょうか……?

 坂井君への負い目から解放されたあたしは、坂井君のことを好きな自分の気持ちをちゃんと認めることができた。

 お蔭ですごく気が楽になったけど、だからと言って彼に告白するかどうかというのは、また別問題の話であって。

 坂井君本人も、相変わらずあたしに対して親切ではあっても、『それ』らしい様子も態度も、一切見せず。

 だから結局あたしたちは、あれからずっとお友だちだった。

 友だちとも呼べない関係に本気で悩んで苦しんでいた頃から比べれば、夢みたいに幸せだから、いまは結構それで満足している。

 千恵美ちゃんに手を振りながら、リュックを背負って教室を出ようとしたら、ちょうど遠藤さんとすれ違った。

 あれ以来、あたしは遠藤さんから完全無視されている。

 なんだかもう、あれほど事あるごとにちょっかいを出されていたのは、いったいなんだったのかというくらい完璧にスルーされてしまっていた。

 自分が透明人間になってしまったんじゃないかって疑ってしまうくらいの空気な扱いで、もしかしたらこれは遠藤さんの新たなイビリ方なのかもしれない。

 衝突してトラブルになるくらいなら、断然いまの方が気楽だから、それでもべつにぜんぜん問題はないけど。

 坂井君と並んで廊下を歩きながら、あの頃からずいぶん変わったこの状況を、しみじみと思う。

「腹減ったなー。帰りにコンビニ寄っていいか?」

「いいよ。毎日のことじゃん」

 そうなんだ。あたしと坂井君は、最近毎日一緒に登下校している。

 お母さんの車の送迎が終了して、自転車で通学するようになってから、ずっと。