「昔はさ、結構な美人だったんだ。敬老会のアイドル」

「そうなんだ」

「元気でさ、いつもシャキシャキしてて、すげえ優しくて。でも骨折して寝たきりになってから、あっという間に弱って萎んじまった」

「寝たきりになると、弱るの早いってあたしも聞いたことある」

「うん。ほんとその通り。……ばあちゃんてさ、親じゃなくて、親戚でもなくて、なんつーか『ばあちゃん』としか、言いようがない存在なんだよなぁ」

 そう言いながらおばあちゃんを見つめる坂井君の目は、優しさと、懐古と、切なさに満ちている。

 そして彼は、じんわりと染み入るような声で、ポツリと言った。

「ずいぶん……守ってもらったなぁ……」

 室内に、静寂が訪れる。

 施設の玄関や受付の付近ではそれなりに人も多かったし、ざわめきも聞こえたけれど、この辺りは本当に静かだ。

 眠るおばあちゃんの呼吸の音以外は、耳をそばだててようやく聞こえる程度の、他者の気配が漂ってくるだけ。

 外の廊下をゆっくりと歩く誰かの足音が、シンと静まり返った空間の中で、不思議と穏やかに響いていた。

 そんな静けさに身を浸しながら、さっきからずっと、あたしの左目が泣く寸前のように熱をもってジンジンと痺れている。

 ああ……そうだよ。あたしはこうやって、何度も何度もここに座って、ばあちゃんの寝顔を眺めていた。

 かつて自分を守ってくれていた人が変わってしまった姿を、ただ押し黙って、黄昏まで見つめ続けていたんだ。