坂井君に掴まれた手首を思い切り引っ張って抵抗しながら、あたしは大声で叫んだ。
「放して! 無理! とても無理だよ!」
「なにが無理なんだよ! どうしたんだよお前、大丈夫かよ!?」
「大丈夫なわけ、ないじゃない! まさか坂井君のお母さんに会っちゃうなんて……!」
涙声で訴えるあたしの肩を抱えて、坂井君は人目につかない横道に引っ張り込んだ。
そして興奮しているあたしを落ち着かせようと、極力穏やかな声で話しかけてくる。
「落ち着けって。そりゃたしかにドナー家族とレシピエントが個人的に会うのは禁止されてるけどさ、黙ってりゃ誰にもバレやしねえって」
「そんなこと言ってるんじゃないよ!」
「おい、頼むからちょっと静かにしろって。じゃあ、なにが原因でそんなに興奮してるんだ?」
幼い子どもをあやすみたいに、坂井君は優しい表情であたしを見ている。
「言ってみろよ。大丈夫。俺、ちゃんと聞くからさ」
見慣れた優しい表情。聞き慣れた温かな声。
いつもと変わらぬそれは、あたしに向けられていながら、あたし自身に注がれてはいない。
その事実が、今日ほど苦しく感じることはなかった。
ひとりぼっちで底なしの泥沼に嵌まり込んでしまって、必死にもがいて、足掻いて、やっと差し伸べられた救いの手を掴もうとしても、しょせんその手は幻でしかないんだ。
「放して! 無理! とても無理だよ!」
「なにが無理なんだよ! どうしたんだよお前、大丈夫かよ!?」
「大丈夫なわけ、ないじゃない! まさか坂井君のお母さんに会っちゃうなんて……!」
涙声で訴えるあたしの肩を抱えて、坂井君は人目につかない横道に引っ張り込んだ。
そして興奮しているあたしを落ち着かせようと、極力穏やかな声で話しかけてくる。
「落ち着けって。そりゃたしかにドナー家族とレシピエントが個人的に会うのは禁止されてるけどさ、黙ってりゃ誰にもバレやしねえって」
「そんなこと言ってるんじゃないよ!」
「おい、頼むからちょっと静かにしろって。じゃあ、なにが原因でそんなに興奮してるんだ?」
幼い子どもをあやすみたいに、坂井君は優しい表情であたしを見ている。
「言ってみろよ。大丈夫。俺、ちゃんと聞くからさ」
見慣れた優しい表情。聞き慣れた温かな声。
いつもと変わらぬそれは、あたしに向けられていながら、あたし自身に注がれてはいない。
その事実が、今日ほど苦しく感じることはなかった。
ひとりぼっちで底なしの泥沼に嵌まり込んでしまって、必死にもがいて、足掻いて、やっと差し伸べられた救いの手を掴もうとしても、しょせんその手は幻でしかないんだ。


