「ああ、やっぱり綺麗だな。桜」

 松林を抜けて、爛漫の桜の樹々を眺めながら、しみじみとした声で坂井君が言う。

 小池の上には朱色に塗られた橋がかかり、その周りを薄紅色の桜がグルリと覆っている。

 銀色に澄んだ水鏡が、池に張り出しているたくさんの桜の枝を綺麗に映して、橋を行き交う人々の姿が頭上の桜と鏡の桜に包みこまれるように見えた。

 広い空の青色も、数えきれない圧巻の桜の花も、道沿いに立つ祭り灯籠も、人の笑顔もざわめく声も、まるで幻想みたい。

 うん、綺麗だね。本当に綺麗だね。

 息を吸えば、胸の中まで桃色に染まってしまいそうなほどに。

 こんな綺麗な桜を、視界一杯に見ることができるなんて……。

 …………。

 そこまで考えて、あたしは思考を止めた。

『角膜を移植してよかった』

 思わずそう、心の中で呟いてしまいそうだったから。

「お、たこ焼き屋発見。小田川も食うだろ?」

 無邪気な坂井君の声にビクリと反応しながら、あたしは曖昧な笑顔を返す。

 そして気取られないようにそうっと、彼の隣から半歩分、下がって歩き出した。