「これで本当に、目的地に行けるのか?」


皐月は、訝しい表情で池を見つめていた。

池を通じて地上に行けるなど、聞いた事がない。


「安心しろ、お前の行きたい場所に水さえあれば、ここから繋げられる」

「お前は水に関係のある神か?」


互いの水場を繋げられるのは、水の神かそれに関係する神である可能性が高い。

皐月はそう思って聞いてみたが、緋月は緩慢に首を横に振った。


「残念ながら、私は水の神ではないぞ」


どうやら、皐月の憶測は外れたようだ。

この緋月という男も非常に気になる存在だが、今はそんなことよりも葵に会うのが先だ。


「とりあえず、道案内を有難う」


皐月は緋月にそう礼を言い、躊躇なく池に入る。

そして、池の中心の、腰までの水深の場所に立った。


「お前が行きたい場所を強く願え。
そうしたら、水の神が導いてくれるだろう」


緋月のその言葉に、皐月は静かに瞳を閉じる。

そして、昨夜の葵の姿を思い浮かべ、強く願った。


「私を、葵のいる社へ」


皐月はそう短い言葉で願うと、その言葉に答えるように池が輝き出す。

閉じた瞼からでも感じる光の強さに、皐月は眩しくて思わず顔を庇うように手で覆った。


「お前が行ってしまう前に、一つ聞きたい」


眩しさで顔を手で覆う皐月の耳に、感情の波を感じない平坦な緋月の声が届いてくる。

本当は声のする方を見るのだが、今の状況で目を開くのは不可能であるため、皐月は口だけを開いた。


「あまり答えてやれないが、何を聞きたい?」

「お前の名を、聞いておきたい」


緋月の言葉に、皐月は思わず硬直する。

名を、簡単に教えていいのだろうか。

皐月のそんな不安を感じたのだろう、緋月は再び口を開いた。


「安心しろ。
約束通り、お前の知り合いや状況に触れ回らない」

「……皐月だ」


緋月の言葉に、皐月は短くそう答える。

初対面で相手を信頼して名を教えるなど、馬鹿だ。

それなのに、何故かそれを無視してでも、この男には教えてしまった。

一言で言うなら、直感だろう。

この緋月という男は、裏切らない。

そんな己の勘を信じた。


「また会おう、緋月」

「あぁ、また会いに来い。
行きたいところがあるのなら、いつでも地上へ降ろしてやる」


緋月の言葉に、皐月の顔に笑みが浮かぶ。

皐月も弟の絢嶺と同様にあまり外に出ないため、知り合いは少ない。

だが、この緋月とはきっとよい関係が築ける気がする。

これも直感だが、迷いなくそう思う。


「うわっ!」

皐月は光が強くなる水面にいきなり引き摺り込まれ、強く目を閉じた。

不思議と息苦しくはない。

しかし、何故か意識が遠退いていく。

まさか、騙されたわけではないだろう。

そんな風には思えなかったし。


(これで葵の所に辿り着かなかったら恨むからな、緋月……)


下へ下へと沈んでいく体はそのままに、水面越しに見える月を虚ろな目で見つめる。

皐月は、もし嘘であったなら絶対に許さないと緋月に念じ、静かに意識を手放した。